ウェブ 画像 動画 ショッピング 地図 辞書 Twitter E STARTトップへ

Wikipediaの検索結果

1884年

1884年

他の紀年法

  • 干支甲申
  • 日本(月日は一致)
    • 明治17年
    • 皇紀2544年
  • 光緒9年12月4日 - 光緒10年11月15日
  • 朝鮮
    • 李氏朝鮮高宗21年
    • 開国493年
    • 檀紀4217年
  • 阮朝ベトナム
    • 嗣徳36年12月4日 - 12月30日
    • 建福元年1月1日 - 11月15日
  • 仏滅紀元:2426年~2427年
  • イスラム暦:1301年3月2日~1302年3月13日
  • ユダヤ暦:5644年4月3日~5645年4月13日
  • 修正ユリウス日(MJD):9176~9541
  • リリウス日(LD):110017~110382
※檀紀は、大韓民国1948年に法的根拠を与えられたが、1962年からは公式な場では使用されていない。

できごと

  • 4月4日 - ボリビアチリ間休戦協定(太平洋戦争)。バルパライソ条約締結。
  • 5月 - 群馬事件自由党員が群馬で蜂起
  • 6月6日 - フランスベトナム条約(パトノートル条約)締結、仏領インドシナの一部としての植民地支配開始。
  • 7月5日 - カメルーン全土がドイツの勢力下に置かれる。
  • 7月7日 - 華族令制定、華族の五段階の爵位にランク付けられ特権階級として規定された。
  • 9月 - 清仏戦争
  • 9月 - 加波山事件自由党員が専政政府打倒をスローガンとして茨城県加波山で蜂起
  • 10月 - ワシントンD.C.で開かれた国際子午線会議においてグリニッジ子午線が本初子午線と定められた。
  • 10月 - 名古屋事件。愛知自由党員の名政府転覆計画が発覚。
  • 10月31日 - 秩父事件(〜11月9日)。埼玉県秩父郡の農民が武装蜂起し、軍隊出動
  • 12月 - 朝鮮で甲申政変
  • 12月 - 飯田事件。自由党員の名古屋鎮台襲撃計画が発覚。

誕生

  • 1月1日 - 中島知久平実業家(+ 1949年)
  • 1月12日 - 宮澤裕内務官僚・政治家(+ 1963年
  • 1月14日 - 永田鉄山、陸軍軍人・陸軍省軍務局長(+ 1935年
  • 1月18日 - アーサー・ランサム、イギリスの児童文学作家・ジャーナリスト(+ 1967年
  • 1月10日 - 山村暮鳥詩人・児童文学者(+ 1924年
  • 1月28日 - オーギュスト・ピカール物理学者(+ 1962年
  • 1月31日 - テオドール・ホイスドイツ連邦共和国初代大統領(+ 1963年
  • 2月16日 - 安田靫彦、日本画家(+ 1978年
  • 2月22日 - 三浦環、声楽家(+ 1946年
  • 3月26日 - ヴィルヘルム・バックハウスピアニスト(+ 1969年
  • 4月4日 - 山本五十六、海軍軍人・連合艦隊司令長官(+ 1943年
  • 5月8日 - ハリー・S・トルーマン、第33代アメリカ合衆国大統領(+ 1972年
  • 5月27日 - マックス・ブロート、作家・芸術評論家・パトロン・作曲家。
  • 7月5日 - 清瀬一郎、弁護士・法学者・政治家・第49・50代衆議院議長(+ 1967年
  • 7月12日 - アメデオ・モディリアーニ、画家(+ 1920年
  • 7月22日 - エミール・ヤニングス俳優(+ 1950年
  • 7月30日 - 東條英機、陸軍軍人・第40代内閣総理大臣(+ 1948年
  • 8月4日 - 浅川伯教彫刻家陶磁器研究家(+ 1964年
  • 8月15日 - 三木武吉、政治家(+ 1956年
  • 8月17日 - 川村吾蔵、彫刻家(+ 1950年
  • 9月15日 - 前田房之助、政治家(+ 1965年
  • 9月16日 - 竹久夢二、画家(+ 1934年
  • 9月21日 - 有田八郎、外交官・政治家(+1965年
  • 9月25日 - 石橋湛山ジャーナリスト・第55代内閣総理大臣(+ 1973年
  • 10月11日 - エレノア・ルーズベルトフランクリン・ルーズベルト=アメリカ合衆国第32代大統領夫人、婦人運動家、文筆業(+ 1962年)
  • 10月21日 - 森矗昶、実業家・昭和電工創業者・衆議院議員(+ 1941年
  • 12月16日 - 北村西望、彫刻家(+ 1987年
  • 12月17日 - アリソン・アトリー童話作家(+ 1976年

死去

  • 1月6日 - グレゴール・ヨハン・メンデル修道司祭遺伝学研究者(* 1822年
  • 1月16日 - 前田斉泰、第12代加賀藩主(* 1811年
  • 1月17日 - ヘルマン・シュレーゲル生物学者(* 1804年
  • 1月27日 - 桂文楽 (4代目)落語家(* 1838年
  • 2月3日 - 広瀬青邨儒学者(* 1819年
  • 2月5日 - マリア・アナ・デ・ブラガンサザクセン王ゲオルクの妃(* 1843年
  • 2月27日 - ウィリアム・ヘンリー・ハント、第29代アメリカ合衆国海軍長官(* 1823年
  • 3月6日 - 徳川茂徳尾張藩第15代藩主(* 1831年
  • 3月19日 - エリアス・リョンロート民話収集家(* 1802年
  • 3月28日 - レオポルド (オールバニ公)(* 1853年
  • 4月10日 - ジャン=バティスト・デュマ化学者(* 1800年
  • 4月24日 - マリー・タリオーニバレエダンサー(* 1804年
  • 5月4日 - マリア・アンナ・フォン・サヴォイエンオーストリア皇帝フェルディナント1世の皇后(* 1803年
  • 5月10日 - アドルフ・ヴュルツ、化学者(* 1817年
  • 5月12日 - ベドルジハ・スメタナ、作曲家(* 1824年
  • 6月8日 - ヘンリ・クレイ・ワーク、作曲家(* 1832年
  • 6月8日 - 田中平八実業家(* 1834年
  • 6月17日 - アンリ・ボードリエ書誌学者(* 1815年
  • 6月25日 - ハンス・ロット、作曲家(* 1858年
  • 7月10日 - ポール・モーフィーチェス選手(* 1837年
  • 8月23日 - リロイ・ポウプ・ウォーカー、初代アメリカ合衆国陸軍長官(* 1817年
  • 9月4日 - チャールズ・フォルジャー、第34代アメリカ合衆国財務長官(* 1818年
  • 10月7日 - ベルナール・プティジャンカトリック教会司祭(* 1829年
  • 10月23日 - 佐竹義堯、第12代久保田藩主(* 1825年
  • 10月31日 - 古賀謹一郎、儒学者(* 1816年
  • 11月11日 - アルフレッド・ブレーム動物学者(* 1829年
  • 11月16日 - 雷電震右エ門大相撲力士(* 1842年
  • 11月25日 - マティルデ・フランツィスカ・アネケジャーナリストフェミニスト(* 1817年
  • 11月25日 - ヘルマン・コルベ、化学者(* 1818年
  • 11月27日 - ファニー・エルスラー、バレエダンサー(* 1810年
  • 11月27日 - 水谷縫次囲碁棋士(* 1846年
  • 11月28日 - 間部詮勝江戸幕府老中鯖江藩主(* 1804年
  • 11月30日 - 成島柳北ジャーナリスト(* 1837年
  • 12月4日 - アリス・メアリ・スミス、作曲家(* 1839年
*
----------------------------------------------
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
Text is available under GNU Free Documentation License.
ご利用上の注意

1884年のスポーツ

1884年のスポーツ
< 1884年
  • 年度別スポーツ記事一覧
1884年前後:1883年のスポーツ - 1884年のスポーツ - 1885年のスポーツ

大相撲

  • 2月 - 初代梅ヶ谷藤太郎横綱免許

クリケット

  • ジ・アッシズ優勝:イングランド(1勝0敗2分)

競馬

イギリス

クラシック
  • 2000ギニー - スコットフリー
  • 1000ギニー - ビジーボディー
  • エプソムダービー - ハーヴェスター、セントガシアン(同着)
  • エプソムオークス - ビジーボディー
  • セントレジャーステークス - ザラムキン
その他主要レース
  • アスコットゴールドカップ - セントサイモン
  • グッドウッドカップ - セントサイモン
  • ドンカスターカップ - Louis d'Or 2
  • チャンピオンステークス - トリスタン
  • グランドナショナル - Voluptuary

アメリカ合衆国

  • ウィザーズステークス - パニック
  • ベルモントステークス - パニック

フランス

  • パリ大賞典 - リトルダック
  • ジョッケクルブ賞 - リトルダック

オーストラリア

  • メルボルンカップ - マルア

ゴルフ

世界4大大会(男子)

  • 全英オープン優勝者:ジャック・シンプソン(イギリス

サッカー

イングランド

  • FAカップ決勝
ブラックバーン・ローヴァーズ 2-1 クイーンズ・パーク

テニス

グランドスラム

  • ウィンブルドン 男子単優勝:ウィリアム・レンショーイギリス)、女子単優勝:モード・ワトソンイギリス
  • 全米選手権 男子単優勝:リチャード・シアーズアメリカ
ウィンブルドン選手権で、男子に7年遅れて第1回の女子シングルス競技が始まった年。

ボート

  • オックスフォード・ケンブリッジ大学対抗レガッタ優勝:ケンブリッジ大学

野球

アメリカ大リーグ

  • ナショナルリーグ優勝:プロビデンス・グレイズ
  • アメリカン・アソシエーション優勝:ニューヨーク・メトロポリタンズ
  • 野球リーグ『ユニオン・アソシエーション』創設、1年で解体
  • ユニオン・アソシエーション優勝:セントルイス・マルーンズ

ラグビー

  • ホームネイションズ
優勝:イングランド

誕生

  • 3月6日 - モーラ・マロリー(ノルウェー、テニス、+1959年
  • 4月6日 - 田畑昇太郎(大阪府、柔道、+1950年
  • 5月5日 - チーフ・ベンダー(アメリカ、野球、+1954年
  • 6月15日 - ロドニー・ヒース(オーストラリア、テニス、+1936年
  • 6月19日 - エディ・シーコット(アメリカ、野球、+1969年
  • 6月21日 - ゴードン・ロウ(イギリス、テニス、+1972年
  • 7月25日 - ルドビカ・ヤコブソン(フィンランド、フィギュアスケート、+1968年
  • 8月4日 - アンリ・コルネ(フランス、自転車競技、+1941年
  • 10月24日 - アルノ・ビーベルシュタイン(ドイツ、水泳、+1918年

死去

*すほつ *
----------------------------------------------
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
Text is available under GNU Free Documentation License.
ご利用上の注意

1884年ウィンブルドン選手権

1884年ウィンブルドン選手権
1884年 ウィンブルドン選手権(The Championships, Wimbledon 1884)に関する記事。イギリスロンドン郊外にある「オールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブ」にて開催。

大会の流れ

  • 男子シングルスは、1878年の第2回大会から「チャレンジ・ラウンド」(Challenge Round, 挑戦者決定戦)と「オールカマーズ・ファイナル」(All-Comers Final)で優勝を決定する方式になった。大会前年度優勝者を除く選手は「チャレンジ・ラウンド」に出場し、前年度優勝者への挑戦権を争う。前年度優勝者は、無条件で「オールカマーズ・ファイナル」に出場できる。チャレンジ・ラウンドの勝者と前年度優勝者による「オールカマーズ・ファイナル」で、当年度の選手権優勝者を決定した。
  • 1884年は、ウィンブルドン選手権で第1回の女子シングルス競技が実施された年である。第1回大会には13名の女子選手がエントリーした。本記事では1877年のように、女子シングルス結果を1回戦から記載する。
  • この年から、男子ダブルスがオールイングランド・クラブで実施され、正式な優勝記録表に記載されるようになった。1879年から1883年までは、男子ダブルス競技はオックスフォードで実施されていた。
  • 1884年のウィンブルドン選手権は、初めて外国人選手が出場した大会でもある。初遠征した外国人選手は、リチャード・シアーズ、ジェームズ・ドワイト、A・L・ライブズ(すべてアメリカ)の3人だった。
  • 前年度までは、ゲームカウント 5-5 になった時は次のゲームでセットの勝者を決めていた。そのため「6-5」の試合結果が多く見られたが、この年から「一方が2ゲーム勝ち越すまで」セットを続行する方式に変更された。

大会前年度優勝者

  • 男子シングルス:1883年優勝者、ウィリアム・レンショー

男子シングルス

チャレンジラウンド

準々決勝
  • アーネスト・レンショー vs. ウィルフレッド・ミルン 6-3, 6-3, 7-5
  • チャールズ・グリンステッド vs. アーネスト・ブラウン・デ・シリー 5-7, 4-6, 7-5, 6-4, 6-1
  • ハーバート・チップ vs. ウィリアム・テーラー 10-8, 6-1, 6-4
  • ハーバート・ローフォード 試合なし → 準決勝へ
準決勝
  • チャールズ・グリンステッド vs. アーネスト・レンショー 2-6, 6-4, 6-2, 6-3
  • ハーバート・ローフォード vs. ハーバート・チップ 7-5, 6-4, 6-4
決勝
  • ハーバート・ローフォード vs. チャールズ・グリンステッド 7-5, 2-6, 6-2, 9-7

オールカマーズ決勝

  • ウィリアム・レンショー vs. ハーバート・ローフォード 6-0, 6-4, 9-7 (W・レンショーが本大会の優勝者になる。大会4連覇)

女子シングルス

1回戦
  • モード・ワトソン vs. A・ティリット・ドレーク 6-0, 6-2
  • B・E・ウィリアムズ vs. C・ウォリス 6-2, 6-1
  • ブランチ・ビングリー vs. C・J・コール 6-3, 6-3
  • F・M・ウィンクワース vs. E・ブッシェル 6-0, 6-1
  • G・J・クーパー vs. C・ブッシェル 不戦勝
  • リリアン・ワトソン 試合なし → 準々決勝へ
  • M・レスリー vs. B・ウォリス 6-2, 6-1
準々決勝
  • モード・ワトソン vs. B・E・ウィリアムズ 7-5, 6-0
  • ブランチ・ビングリー vs. F・M・ウィンクワース 6-0, 6-8, 6-3
  • リリアン・ワトソン vs. G・J・クーパー 7-5, 5-7, 6-3
  • M・レスリー 試合なし → 準決勝へ
準決勝
  • モード・ワトソン vs. ブランチ・ビングリー 3-6, 6-4, 6-2
  • リリアン・ワトソン vs. M・レスリー 6-4, 6-1
決勝
  • モード・ワトソン vs. リリアン・ワトソン 6-8, 6-3, 6-3

決勝戦の結果

  • 男子シングルス:ウィリアム・レンショー vs. ハーバート・ローフォード 6-0, 6-4, 9-7 [オールカマーズ決勝]
  • 女子シングルス:モード・ワトソン vs. リリアン・ワトソン 6-8, 6-3, 6-3
  • 男子ダブルス:ウィリアム・レンショーアーネスト・レンショー vs. アーネスト・ルイス&エドワード・ウィリアムズ 6-3, 6-1, 1-6, 6-4 [第1回公認優勝記録]

参考文献

  • ランス・ティンゲイ著『ウィンブルドンの100年史』(英語、1977年刊、ISBN 0900424710、アルファ・オメガ社) 大会の様子については26・39-40ページ、男子シングルス試合結果は134ページ、女子シングルス試合結果は150ページを参照した。
  • バド・コリンズ著『テニスのすべて-究極のテニス百科事典』(英語、2003年刊、ISBN 0973144343、スポーツ・クラシック・ブックス) 選手のフルネームについて、本書から補足した。
1884 ういんふるとんせんしゆけん
----------------------------------------------
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
Text is available under GNU Free Documentation License.
ご利用上の注意

検索結果   0~10 件目/約   件