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具臺晟

具臺晟
具 臺晟(ク・デソン、1969年8月2日- )は、ハンファ・イーグルスに所属するプロ野球選手投手)。大韓民国大田広域市出身。

来歴・人物

韓国 漢陽大学卒業後、韓国プロ野球ピングレ・イーグルスに入団。1年目は大学時代からの故障であまり活躍できず、翌年から主に抑え投手として活躍する。シドニー五輪では韓国代表として、日本代表を二度にわたり抑え込み、銅メダル獲得に貢献する。その実績が認められ2001年オリックス・ブルーウェーブに入団。シーズン序盤は抑えでの起用だったが、途中から先発へ転向。
2002年には同チームの1位金田政彦に迫る防御率で見事2位に輝くが、打線の援護なく5勝止まり。防御率1位の金田も4勝止まりで、防御率1、2位の投手を擁しながら、二人合わせて9勝に終わるなど、この年のオリックスの投手陣は貧打に泣かされた印象が強い。
2003年は故障で満足な成績が挙げられず、金田と共に投手陣の構想を大きく裏切るシーズンとなった。
2004年には初完投勝利をあげるが、起用法を巡って伊原春樹監督やフロントと対立し、一時は移籍もささやかれた。ブルーウェーブ最終戦となった9月27日近鉄戦(ヤフーBBスタジアム)で先発を務め、ブルーウェーブ最後の勝利投手となった。
2004年シーズン終了後の近鉄との球団合併の際、オリックス・バファローズ側と契約すると思われたが、本人のメジャー挑戦の意志が強く退団となった。その後、ニューヨーク・メッツとスプリット契約を結び、一時はメジャーの昇格して中継ぎとして活躍したが、シーズン中盤以降はマイナーに降格。シーズン終了後解雇される。2006年3月にハンファ・イーグルスに再入団。
2006年のワールド・ベースボール・クラシック韓国代表に選出され、日本戦では2イニングを完璧に抑え、勝利投手となった。
2007年、韓国プロ野球史上2人目の個人通算200セーブ投手になる。例年どおりの成績なら、2008年シーズン中、記録更新とともに個人通算最多セーブ投手になることもできたが、この年は負傷と不振で抑えの座をブラッド・トーマスに渡して、中継ぎに降格。1セーブも挙げられずにシーズンが終わった。

人物

独特のピッチングフォームが特徴。トルネード気味のひねりの大きいタメからスリークォーターで球を投げる。キレのあるスライダーが武器。ランナーがいるときは右足を前に出した状態のマウンドポジションをとる。
メジャー時代にランディ・ジョンソンから外野手の頭上を越える二塁打を放ったこともあるが、打撃にはあまり自信がないようで、打順が回って打席に立つのを余儀なくされた時、外角の球にはバットが当らないほどホームプレートから遠く離れて立ったまま、3球で見逃し三振に退いたこともある。

年度別投手成績

韓国プロ野球

日本プロ野球

メジャーリーグ

獲得タイトル・受賞経歴

韓国プロ野球

  • 最優秀選手:1回(1996年)
  • 最多勝利-1回(1996年)
  • 最優秀防御率:2回(1996年、2000年)
  • 最優秀救援:1回(1996年)
  • ゴールデングラブ賞:1回(1996年)
  • 韓国シリーズMVP:1回(1999年)

外部リンク

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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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