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東京モノレール羽田線

東京モノレール羽田線
|} 東京モノレール羽田線(とうきょうモノレールはねだせん)は、東京都港区モノレール浜松町駅から大田区羽田空港第2ビル駅までを結ぶ東京モノレールが運営するモノレール路線である。
路線名は、東京モノレールの「羽田線」ではなく、「東京モノレール羽田線」である。

路線データ

2008年5月5日現在。
  • 路線距離(営業キロ):17.8km
  • 方式:跨座式(日立アルウェーグ式)6両編成
  • 駅数:10駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:全線(ただし、モノレール浜松町駅構内は単線)
  • 電化方式:直流750V
  • 閉塞方式:車内信号閉塞式(CS-ATC)
  • 最高速度:80km/h
  • 表定速度:普通45.3km/h・区間快速51.9km/h・空港快速57.7km/h
  • 運転本数:平日506本(内快速155本)・土休日466本(内快速182本)
  • 輸送力:
    • ピーク(1時間片道):平日10,512人
    • 終日:平日295,504人 土休日272,144人

概要

東京国際空港(羽田空港)のアクセス路線として、モノレール浜松町 - 羽田空港第2ビル間を普通列車は約23分、空港直行列車である「空港快速」は約18分で結んでいる。
1964年東京オリンピックの開催で、国内外からの東京国際空港(羽田空港)利用客の輸送を目的として名古屋鉄道(名鉄)、日立製作所などが出資した運営会社、大和観光によって建設され、10月10日のオリンピック開会式前の9月17日に開業した。
当初は新橋駅を起点として計画されており、大和観光から改称した東京モノレールの前身、日本高架電鉄は1961年12月26日に羽田 - 新橋間の免許を取得しているが、用地確保の目処が立たず、やむなく浜松町駅をターミナルとしている。建設区間の短縮に伴い浜松町 - 新橋間は1966年1月31日に失効させている。
また、東京オリンピックに間に合わせるため用地買収の要らない運河の上に建設され、終夜の突貫工事が行われたため多大な工費がかかり、その後の経営の足かせとなった。開業当初は途中駅が全くなかったため空港利用客以外の乗客がいなかった。また、国鉄の初乗りが20円、タクシーの初乗りが100円、週刊誌が50円だった当時にあって、運賃は片道250円・往復450円と高額だった。まだ飛行機利用や海外旅行が一般的でなかったこともあり、乗車率は20%台に留まった。
そこで、1966年には40%という思い切った運賃の引き下げを行ったほか、乗客誘致策として空港見学客のための特別割引券を発行した。また、大井競馬場や当時存在した大井オートレース場へのアクセスのための「大井競馬場前駅」、空港関係者のために「整備場駅」と新駅を次々と設けたが乗客は充分には増えず、名古屋鉄道は早々に資本を引き上げて撤退、日立製作所は車両製造費など回収できず、会社倒産の危機にさらされたこともあった。
その後、抜本的な支援策として日立グループが新たに出資、「日立運輸東京モノレール株式会社」を設立して会社再建にあたった。
その後、国際・国内空路の拡大とともに空港利用客は増加、首都高速道路の渋滞で路線バスやタクシーよりも速いとのイメージの定着から乗客は徐々に伸びていき、1970年代中頃には羽田空港へのアクセス路線として定着していった。経営も持ち直してきたこともあり、1981年には日立運輸100%出資で社名を「株式会社東京モノレール」とし、のちに日立物流へと経営が受け継がれた。
1998年、それまで空港の外れの位置までで直接空港内には乗り入れておらず、アクセス路線としてはほとんど機能していなかった京浜急行電鉄空港線が空港内に乗り入れてきた。さらに、京成電鉄東京都交通局等の5社局(当時)が相互乗り入れすることよって羽田空港と千葉県方面を結び、羽田 - 成田空港駅間の直通連絡特急の運転も開始した。そのため、浜松町でJR線と接続しているとはいえ広域で見た場合のネットワークにやや劣ることもあり、開通以降長らく続いてきた「羽田空港への唯一の軌道系公共交通機関」から一転、激しい競争にさらされた。
羽田発着の航空機の増加への対応や、京浜急行電鉄等との競争のためには増発が必要になったが、ネックになったのは単線ホームの浜松町駅で、改築が急務となった。東京モノレールや親会社の日立製作所グループは大規模な投資が必要なため躊躇していたが、かねてから羽田空港アクセスに参入する意向を持っていた東日本旅客鉄道(JR東日本)と思惑が一致し、運営会社の日立物流は2001年、株式の70%を譲渡し、東京モノレールの経営権をJR東日本に移譲した。また、日立製作所は、モノレールの生産・販売・サービス等旅客事業を発展させるため、株式の30%を取得している。
2002年に東京モノレールを子会社にしたJR東日本では次々と改善策を行った。まず、浜松町駅のJRコンコースから直接乗り換えができる(逆は不可)新改札口「モノレール口」を設置し、京浜東北線快速列車を浜松町駅に停車するようにした。
また、Suicaを導入(パスネットは非加盟)し、東京モノレールはオレンジ色のモノレールSuicaを発行、運用開始し、すべての駅でSuicaを使用可能にした。
さらに、「特別企画乗車券で羽田空港駅から山手線内各駅への格安切符を発売」「ホリデー・パスを260円値上げし、りんかい線と共に乗車できるよう変更」などの策を行った。
また、2003年度から予定していたワンマン運転を前倒しして2002年から開始し、2004年8月8日からは終日に亘って快速運転を開始している。2007年3月18日には昭和島駅の待避線が完成し、追い越し運転も可能となり、さらに空港アクセスの競争力強化を図っている。
2004年12月1日には東京国際空港(羽田空港)第2旅客ターミナルの供用開始に伴い、羽田空港駅 - 羽田空港第2ビル駅が延伸開業し、同時に羽田空港駅が羽田空港第1ビル駅に改称された。空港ターミナルが分散されることで空港の運用汎用性および効率性は大幅に増大したが、当線においてはこれまでの始発・終着駅だった羽田空港第1ビル駅が中間駅となり、第1ビル利用客は当線浜松町方面行き列車での着席機会が減少したため、第1ビルに入る日本航空スカイマークスターフライヤーで到着した利用客が徐々に京急に流れている傾向が見られる。これは東京モノレールの乗客はその多くが浜松町まで乗り通し、席が埋まっていれば終点まで席の空く機会が少ないことも影響している。
跨座式モノレールで、ほとんどの部分が高架線だが、羽田空港旅客ターミナル移転に伴う路線の移設・延長に伴い、天空橋駅付近と新整備場 - 羽田空港第2ビル間は地下線となっている。なお地下線建設の際、構造上トンネルの断面積が大きくなるなどの理由で建設費が嵩んでいる。
車両は開業以来、日立製作所製造のものを使用している。かつては置換のペースが新造後13年程度と早かったが、前述の競合状態となってから車両への投資は抑制気味である。
2007年3月18日には、昭和島駅の待避線使用を開始し、「快速」を廃止して新たに「空港快速」と「区間快速」を運転開始し、速達性でも京急に対抗している。新しくできた2つの快速の英語表記は日本語表記の直訳ではなく、「空港快速」をHANEDA EXPRESS、「区間快速」をRAPIDとしている。
駅のホームには、いわゆるプラットホーム番号が振られておらず、乗り場案内も「羽田空港方面」「浜松町方面」としか書かれていない(昭和島駅にはホーム番号が振られており、1・2番線が羽田空港方面、3・4番線が浜松町方面となっている)。
運河の上に建設されているため、橋脚にボート等の船舶を繋留されてしまう場合があり、「船舶を係留しないこと」との注意書きがある。また道路橋等の上を走行する場合、橋脚あるいは跨線に「油が落ちることがあります」との注意書きがある。

歴史

  • 1964年(昭和39年)9月17日 - モノレール浜松町駅 - (旧)羽田駅間開業。開業当時は途中駅なし。
  • 1965年(昭和40年)5月27日 - 大井競馬場前駅開業。
  • 1966年(昭和41年)11月 - 国鉄浜松町駅とモノレール浜松町駅間の連絡跨線橋完成(南口へ設置)。
  • 1967年(昭和42年)3月20日 - 羽田整備場駅(現・整備場駅)開業。
  • 1969年(昭和44年)12月15日 - 新平和島駅(現・流通センター駅)開業。
  • 1972年(昭和47年)1月 - 新平和島駅を流通センター駅に改称。
  • 1985年(昭和60年)2月7日 - 昭和島駅開業。
  • 1992年(平成4年)6月19日 - 天王洲アイル駅開業。信号保安システムをATSからATCへ変更。
  • 1993年(平成5年)9月27日 - 羽田空港旅客ターミナル移転に伴い、羽田駅(現・天空橋駅)を移設、同時に羽田空港駅まで延伸開通。羽田駅で京急空港線と連絡開始。羽田整備場駅を整備場駅に改称。
  • 1998年(平成10年)11月18日 - 京急空港線の羽田空港駅延伸開業に伴い、羽田駅を天空橋駅に改称。
  • 2002年(平成14年)4月21日 - モノレールSuicaを導入し、JR東日本と相互利用開始。
  • 2002年(平成14年)8月20日 - 全駅でホームドア使用開始。
  • 2002年(平成14年)9月28日 - ワンマン運転開始。
  • 2003年(平成15年)7月19日 - JR浜松町駅構内とモノレール中央口改札口を結ぶ連絡跨線橋(モノレール口改札)完成。土曜・休日に「快速」を運行開始。
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 「快速」を平日夜にも運行開始。
  • 2004年(平成16年)8月8日 - 「快速」が終日運行となる。
  • 2004年(平成16年)12月1日 - 羽田空港第2ターミナルビルの供用開始に伴い、羽田空港駅 - 羽田空港第2ビル駅間が延伸開通。同時に羽田空港駅を羽田空港第1ビル駅に改称。
  • 2007年(平成19年)3月18日 - 昭和島駅待避線使用開始。「快速」を廃止し、「空港快速」・「区間快速」を運行開始。
  • 2007年(平成19年)3月25日 - 浜松町駅 - 天王洲アイル駅で高架下で作業中のクレーン車のアームが車両に接触。2時間にわたり事故にあった車両の乗客が閉じ込められた。
  • 2008年(平成20年)9月16日 - 東京モノレール史上初めてとなる女性運転士が乗務を開始。
  • 2009年(平成21年)12月 - 国際線ターミナルビル駅(仮称)が開業予定。

駅一覧

凡例
●:停車駅
|:通過駅
普通列車は省略(各駅に停車)。

今後の予定

国際線ターミナルビル駅
東京国際空港は2010年秋を予定して、国際線の定期乗り入れを開始する。これに合わせて空港南側の環状八号線沿いに建設される新国際線ターミナルビルに「国際線ターミナルビル駅(仮称)」が設置される。駅新設に伴って天空橋 - 新整備場間の軌道の一部が新ターミナル敷地内へ移設される。
浜松町駅移設
都心のターミナルである浜松町駅の整備が、内閣総理大臣を本部長とする都市再生本部の緊急整備項目に指定されている。東海道本線東海道新幹線線路を西側に移設する工事で空いた敷地を利用し、JR浜松町駅のホームの東側に移設される予定である。これは2002年1月に発表された東京モノレールの新橋駅方向への延長計画にも対応している。
これにより現在の単線ホームから2編成が停車できるホームとなり、増発のネックが解消されるほか、JR線との乗り換えが大幅に改善される見込み。着工時期はまだ発表されていない。
2006年6月の新幹線下り線路の移設を最後に線路の再編成は終了し、旧線路のレール、枕木、バラストの撤去作業も完了している。JR浜松町駅改築スケジュールの絡みもあるが、2010年秋に予定されている羽田空港国際線定期便就航前には完成するものと見られる。
新橋延伸
親会社のJR東日本が2002年1月、長期計画として東京モノレールを浜松町(新駅)より新橋に延長する計画を発表、日本経済新聞に掲載された。路線の用地取得問題に関してはJR線上空を使用することで目処がついている。ただし新橋駅の設置場所や、途中駅を設けるかについては明らかにされていない。駅用地はゆりかもめ新橋駅付近などが候補に挙がっている。また新橋への延長工事の着工は羽田空港側の国際線ターミナルビル駅と浜松町駅移設の工事が完了してからの建設になる予定である。
その他
開業時から40年以上使用され、老朽化している軌道桁の架け替えも検討中である。
港区の出した「田町駅東口北地区街づくりビジョン」に対し、近隣住民から田町駅付近への新駅設置の要望が出ている。

脚注

関連項目

  • 日本の鉄道路線一覧
  • 空港連絡鉄道
  • 京急空港線

外部リンク

路とうきようものれーるはねたせん
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
Text is available under GNU Free Documentation License.
ご利用上の注意

東京モノレール

東京モノレール
東京モノレール株式会社(とうきょうモノレール、英称:Tokyo Monorail Co., Ltd.)は、東京都モノレール路線を有する鉄道会社
旅行斡旋業駐車場事業などもおこなっている。筆頭株主東日本旅客鉄道(JR東日本)で同社の経営権下にある。
Suica発行事業者であり、全線でSuicaとPASMO東海旅客鉄道(JR東海)のTOICA西日本旅客鉄道(JR西日本)のICOCAが使える。同社発行のSuicaカードは「モノレールSuica」という名称を持つ。カードの色はオレンジである。競合公共交通機関は京浜急行電鉄(鉄道、バス)、東京空港交通(バス)である。

沿革

2002年株式日立物流からJR東日本に譲渡され、同社の子会社となった。現在の株式所有率は、JR東日本70%、日立製作所12%、日本航空インターナショナル9%、全日本空輸9%となっている。開業当時は名古屋鉄道も経営に参加していた。日立製作所が株式を保有しているのは車両製造の権利を確保するためである。
  • 1959年(昭和34年)8月7日 - 大和観光株式会社設立。
  • 1960年(昭和35年)6月 - 日本高架電鉄株式会社に商号変更。
  • 1964年(昭和39年)5月 - 東京モノレール株式会社に商号変更。
  • 1964年(昭和39年)9月17日 - モノレール浜松町駅 - (旧)羽田駅間開業。
  • 1965年(昭和40年)12月 - 名古屋鉄道が東京モノレールの経営から撤退する。
  • 1967年(昭和42年)11月1日 - 日立運輸株式会社、東京モノレール株式会社、西部日立運輸株式会社の3社が合併(存続会社は東京モノレール株式会社)し、日立運輸東京モノレール株式会社に商号変更。同時に日立グループ入り。
  • 1981年(昭和56年)4月13日 - 子会社・東京モノレール株式会社設立。
  • 1981年(昭和56年)5月1日 - 東京モノレール株式会社にモノレール事業を譲渡し、物流部門は日立運輸株式会社(のちに株式会社日立物流)に商号変更。
  • 1993年(平成5年)9月27日 - 整備場駅 - 羽田空港駅間開業。整備場駅 - (旧)羽田駅廃止。
  • 2002年(平成14年)2月 - 日立物流が株式をJR東日本に70%、日立製作所に30%譲渡。JR東日本が筆頭株主になり、JR東日本傘下入り。
  • 2002年(平成14年)4月21日 - Suica導入。
  • 2002年(平成14年)8月20日 - 各駅にホームドア設置。9月28日からワンマン運転開始。
  • 2002年(平成14年)12月 - 日立製作所が日本航空(現:日本航空インターナショナル)に9%、全日本空輸に9%株式を一部譲渡、日立製作所の株式所有率は12%に。
  • 2004年(平成16年)12月1日 - 羽田空港駅 - 羽田空港第2ビル駅間開業。羽田空港駅は羽田空港第1ビル駅へと改称。
  • 2007年(平成19年)3月18日 - 昭和島待避線が完成し、『空港快速』と『区間快速』の運行を開始した。

路線

路線についての詳細は以下の項目を参照のこと。
  • 東京モノレール羽田線モノレール浜松町駅 - 羽田空港第2ビル駅間 (17.8km)

所有車両

現役車両

  • 1000形
  • 2000形

過去の車両

  • 100形
  • 200形
  • 300形
  • 350形
  • 500形
  • 600形
  • 700形
  • 800形

運賃

大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。2004年12月1日現在。
羽田空港に乗り入れる便が発着する一部の空港および北海道旅客鉄道(JR北海道)の一部の駅には、東京モノレールの自動券売機を設置しているところがある。

マスコットキャラクター

MONOKO
2004年に出現した、ネコミミ少女のキャラクター。いわゆる萌え系の美少女で、公式値は無いが見た目では巨乳。
元々は浜松町駅で発行されている駅作成の告知パンフレット「モノレール情報帳」および駅製作ポスターに、駅員が描いたもので、東京モノレール公式のものではなかった。
登場直後は、髪の色や髪型が一定せず、また衣装はメイド服で、その時々で意匠が異なっていた。また眼鏡を着用していることもあったようである。
その後、モノレール利用者からこのキャラクターの情報がWebサイト上に公開され、また東京モノレールへの問い合わせも相次いだことから、東京モノレールの公式マスコットキャラクターに“昇格”した。これに伴い、2005年に名称の一般公募が行われ、4月1日に正式に「MONOKO」に命名された。
これに伴い、髪型はボブカットに近いショートカット、髪の毛及びネコミミの体毛は栗毛になり、衣装は東京モノレールの制服をアレンジしたものに変更された。ただし、「モノレール情報帳」にはメイド服姿で登場することが時折見られる。
現在(2008年)は東京モノレールの公式サイトでは見ることはできない。

その他

  • 1964年開業時の「浜松町 - 羽田」間の運賃は250円で、当時の国鉄初乗り運賃(20円)の12.5倍もする高額であった。参考までに浜松町駅から当時の国鉄運賃250円で行ける駅は、神奈川県小田原市東海道本線根府川駅(87.4km)だった。
  • モノレール運転士の養成(動力車操縦者免許取得)は、研修所を持つ他鉄道会社に委託している。委託先はモノレールではなく、例えば京王電鉄などの、普通の2本レールの鉄道である。現在はJR東日本総合研修センター福島県白河市)で学科教育を受ける。そのため、東京モノレールの運転士であっても普通の鉄道(電車)の運転経験があることになる。免許取得後、改めて自社線にて必要な訓練は受けている。
  • 日立運輸東京モノレール時代には、日立グループの一員として、「日立の樹CMにもロールで流れていた(第1代:1973年 - 第5代:1984年、第7代:1989年 - 2001年頃)。
  • 建設当時は海岸線や海上、運河沿いなど地形が複雑で地盤も軟弱で工事は難航し、特殊な工法で建設され開業した。
  • 2008年9月16日に東京モノレール初の女性運転士が誕生した。

参考文献

  • 佐藤信之「鉄道・軌道プロジェクトの事例研究 29 開業40周年を迎える 東京モノレール」
    • 鉄道ジャーナル社『鉄道ジャーナル』2004年4月号 No.450 p114-p119

脚注

関連項目

  • 埼玉新都市交通
  • 仙台空港鉄道
  • 東京臨海高速鉄道
  • 名鉄モンキーパークモノレール線
  • 熱海モノレール - 未成線になったが、株主として日立製作所と共に名を連ねていた。
  • 大阪高速鉄道 - 伊丹空港に乗り入れる大阪モノレール線を運営している。
  • 沖縄都市モノレール - 那覇空港に乗り入れる沖縄都市モノレール線を運営している。

外部リンク

  • 東京モノレール - 各駅の施設や構造の図示、時刻表、運賃などについてのQ&A集、などがある。
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
Text is available under GNU Free Documentation License.
ご利用上の注意

東京モノレール東京モノレール羽田線

東京モノレール東京モノレール羽田線
東京モノレール羽田線