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バーミヤン (レストランチェーン)

バーミヤン (レストランチェーン)
バーミヤン (Bamiyan) は、株式会社すかいらーくの運営する中華料理レストランチェーン。
北海道から沖縄県まで日本の全都道府県に展開し、2006年12月末の店舗数はバーミヤン721店、Sバーミヤンは24店。
1986年東京都町田市鶴川に1号店をオープンさせ、株式会社すかいらーくの全額出資子会社である株式会社バーミヤンのもとで関東地方関西地方を中心に店舗展開を行ってきたが、会社は1999年に親会社のすかいらーくと合併した。合併以降は、すかいらーく内のバーミヤンカンパニーとして事業を進めている。

沿革

  • 1986年4月 - 1号店(鶴川店)をオープンさせる。
  • 1987年12月 - 株式会社バーミヤン設立。
  • 1997年7月 - 株式を店頭公開。
  • 1999年 1月29日 - すかいらーくと合併を発表。
  • 1999年7月 - 上場廃止。
  • 2005年 9月30日 - 十和田店(青森県十和田市)の出店をもって、同社が運営するガストに続く全国都道府県制覇を達成した。
  • 2008年7月 - 北海道から全店撤退。(10店舗)

店舗の特徴

  • アルバイトパートタイマーとして働く準社員を、「メイト」という愛称で呼ぶ。
  • 客がオーダーなどのために従業員を呼ぶコールボタンは、一般的によく使用される卓番が電光掲示されるようなものではなく、各従業員が個別に装着しているバイブレータと連動している。そのため、ボタンを押すと従業員が肉声で応答する。
  • 各店舗均一の味で低価格の料理を提供するために、マニュアル化した手順のもとでメイトが主に調理を行っている。業界ではセントラルキッチンとも称されるマーチャンダイジングセンターであらかじめ下味調理された食材を使用し、冷凍食材を他の業態に比べて使用しないなど、鮮度を重視したメニュー作りとなっている。
  • メイトへの調理指導を行うために、各店舗の端末へ調理手順を動画配信するシステムが配備されたり、技能検定制度を整備するなど努力が払われている。
  • 厨房機器については、火力の強いコンロが設置されるだけでなく、メーカーとの独自開発によるゆで麺機や餃子焼き機なども取り入れられている。機器の開発に勤しむあたりはガストと共通する。
  • ドリンクバイキングは中華料理店らしくアイスティーにバリエーションを持たせ、福建烏龍茶、黒豆烏龍茶、プーアール茶、美身痩茶、ジャワティー、ライチ紅茶等を用意し、定期的に替えている。従来は「茶バー」という独自の名称であったが、最新のメニュー改定時に名称も変更された。

提携

  • 2007年11月より、NTTドコモと提携したプレミアムサービスで、特定メニューの割引きなどを開始した。
  • 2008年1月よりメニュー改定と共に、TSUTAYAポイントサービス開始。

関連ブランド

エスバ(Sバーミヤン)

同グループのエスバは、ガストに対するSガストのような位置づけで、少品種に限定したメニューを低価格で提供する店舗。
かつては「Sバーミヤン」という名称だった。その後2007年に、炒飯をメニューの主軸として押し出した「炒飯屋エスバ」という業態・名称に変更。さらに2008年3月現在は、麺と炒飯を中心にした「中華エスバ」となっている。ただし、公式ページのタイトルは、この時点でも「Sバーミヤン」のままである。
2008年3月現在、出店は首都圏の1都3県のみである。

NEXTバーミヤン

2006年半ばより、客席を減らし高品質にこだわり、店舗の内装や接客係制服を変えた「NEXTバーミヤン」が5店舗ほど出店された。
しかし、売り上げや評判の影響で4か月程でその全てが通常のバーミヤンに戻された。「NEXTバーミヤン」の料理は過去のものとなったが、その中で一番高級な料理は「国産和牛のCHINA風炒め」(1,300円)であった。

関連項目

  • すかいらーくグループ

外部リンク

はあみやん
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
Text is available under GNU Free Documentation License.
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バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群

バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群
バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群(バーミヤンけいこくのぶんかてきけいかんとこだいいせきぐん)は、アフガニスタンの首都カブールの北西230kmの山岳地帯に位置するバーミヤン渓谷(バーミヤーン渓谷)に設定されたユネスコ世界遺産(文化遺産)。

概要

バーミヤン渓谷は古代以来の都市であるバーミヤーン(バーミヤン)の町を中心とするヒンドゥークシュ山脈山中の渓谷地帯で、標高2500mほどの高地に位置する。
古代から存続する都市バーミヤーンの近郊には、1世紀からバクトリアによって石窟仏教寺院が開削され始めた。石窟の数は1000以上にものぼり、グレコ・バクトリア様式の流れを汲む仏教美術の優れた遺産である。
5世紀から6世紀頃には高さ55m(西大仏)と38m(東大仏)の2体の大仏をはじめとする多くの巨大な仏像が彫られ、石窟内にはグプタ朝のインド美術やサーサーン朝ペルシア美術の影響を受けた壁画が描かれた。バーミヤーンの仏教文化は繁栄をきわめ、630年の仏僧玄奘がこの地を訪れたときにも依然として大仏は美しく装飾されて金色に光り輝き、僧院には数千人の僧が居住していたという。
その後、ムスリム(イスラム教徒)勢力がこの地にも及ぶようになり、イスラーム教徒による厳しい迫害によって次第に仏教徒の共同体は消滅していった。11世紀初頭にこの地を征服したガズナ朝のマフムードによって石窟寺院遺跡が略奪を受けたとも言われる。大仏も装飾が剥がれ、顔面部が崩落するなど長年にわたる放置のために大きな被害を受けたが破壊はまぬがれ、偶像崇拝を否定するイスラムの時代を通じても依然として多くの壁画が残されていた。
19世紀以降、アフガニスタンが国際社会に組み込まれ、西洋人や日本人が山岳地帯の奥深くまで探検に訪れるようになると、バーミヤーン遺跡は大仏を始め多くの仏教美術が残されていたことから俄然注目を集めることとなった。20世紀には多くの学術調査が実施されてその価値は高く評価され、一躍アフガニスタンの誇る世界的な文化遺産とみなされるに至る。
しかし、1979年ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻以来アフガニスタンで続いてきたアフガン紛争によって大きな被害を受けた。2001年には当時のアフガニスタンのターリバーン政権の手により爆破され、遺跡は壊滅的な被害を蒙った。紛争終結後の調査により、一連の混乱と破壊により大仏のみならず、石窟の壁面に描かれた仏教画のおよそ8割が失われたと報告されている。
2002年以来、日本が181万ドルを拠出する仏龕の修復事業をはじめ、国際支援による修復が進められている。

大仏の破壊

2001年3月にバーミヤン渓谷の2体の大仏はターリバーンによって破壊された。
1979年のソ連のアフガニスタン侵攻以来外国人の立ち入りが難しくなり、外国の支援を受けた調査と保存事業は中断状態に追い込まれた。1980年代以降の内戦でバーミヤーン市はハザラ人勢力の拠点となり、1990年代には内戦の激化にともなって遺跡の周囲にも多くの地雷が埋設されるほどの状況で、遺跡の破壊が世界的に憂慮された。
バーミヤーンはターリバーンによって1998年に占領され、ターリバーン政権のアフガニスタンの大半の平定によりアフガニスタン内戦の終結は間近と見られる情勢となったが、一方でターリバーンはイスラム教イスラーム)の名のもとにパシュトゥーン人の古い慣習を国民に強制して人権侵害との非難を受けたり、アメリカ合衆国に対する国際テロの指導者とみなされていたオサマ・ビンラディンを庇護したりしたことで、国際社会との間で孤立を深めつつあった。
2001年2月26日、ターリバーンはイスラムの偶像崇拝禁止の規定に反する大仏を破壊すると宣言。彼らは世界の仏教国はもとより、諸外国のイスラム指導者たちや、政府、国際機関の中止要請を黙殺し、2体の大仏を爆発物によって破壊した。3月12日、ユネスコは2体の大仏がターリバーンによって破壊されたことを確認し、爆発によって大仏が崩れさる様子を撮影した映像は「アッラーフ・アクバル(アラーは偉大なり)」という言葉と共に世界中に配信されて大きな衝撃を与えた。
大仏破壊の背景として、遺跡の心配をするばかりで内戦で疲弊したアフガニスタン人を支援することには目が向かない国際社会に対してターリバーンが苛立ちを強め、偶像否定を強調してイスラムの名のもとに自己正当化をはかろうとしたことがある。しかし、この行為は異文化への理解力のない野蛮行為そのものであり、結果的には、これまでアフガニスタンの内戦に深く注意をはらってこなかった人々まで含め、世界のほとんどがターリバーンに批判的な心情を抱かせるのみに終わった。
また、ターリバーンのイスラム強調の動機として、当時ムハンマド・オマルらターリバーンの指導者に対し、彼らの庇護下にあったオサーマ・ビンラーディンの発言影響力が強まっていたことも指摘されている。
破壊後、その瓦礫から発掘された木片や藁などを放射性炭素年代測定法で分析したところ、東大仏の築造年は507年±12年、西大仏は551年±15年という結果が得られた。ドイツの調査チームの報告による。
現在、ヒロ・ヤマガタを中心としたバーミヤン アフガニスタン レーザープロジェクト実行委員会が設立され、バーミヤン アフガニスタン レーザープロジェクトが企画されている。
この企画は、作家が描くバーミヤンの仏像を多色のレーザー光線でバーミヤンの崖に投射し仏像を再現するもので、2012年6月中旬開始を予定している。 レーザーの像は週6日 日没から崖に向けて約1時間投射され、そのために用いる電力は太陽光発電などによって賄われ、投射時間外は、地元住民のために使われるという。

登録経緯

遺跡は「バーミヤン渓谷の建造物群」の名により文化遺産に推薦されたが戦争のため保存事業が進まず、1983年に審議延期が決定された。
2001年末にアメリカのアフガニスタン侵攻をきっかけにターリバーン政権が崩壊し、アフガニスタン内戦が一応の終結をみると、遺跡の修復と保全に対して世界的な支援の機運が高まった。まず2002年春に日本政府が70万ドルを拠出してユネスコ日本信託基金を設立し、ユネスコと共同で修復と保存に乗り出し、2003年には危機遺産として世界遺産に登録された。

登録基準

  • 1983年の審議延期時に推薦されていた登録基準は(ii)(iv)の2点である。
  • 2003年の登録時には以下のような理由である。
詳細は、バーミヤン渓谷の石仏と壁画は中央アジアにおけるガンダーラ仏教美術の傑作であること(i)、シルクロードの仏教センターであったバーミヤン渓谷の遺跡は美術的、建築的にガンダーラ文化を基礎としてインドヘレニズムローマサーサーン朝イランの文化が融合し、さらに後世にはイスラムの影響が加わった文化が栄えたこと(ii)、中央アジアでは既に失われた仏教文化の遺跡であること(iii)、バーミヤン渓谷は仏教文化の繁栄した時代の様子を伝える優れた文化的景観をもつこと(iv)、バーミヤン渓谷は西方における仏教の記念碑的な存在であること(vi)である。

関連項目

  • 世界遺産の一覧
  • バーミヤーン
  • モフセン・マフマルバフ
  • イスラーム教徒による宗教的迫害
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
Text is available under GNU Free Documentation License.
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バーミヤン

バーミヤン
バーミヤンバーミアン
  • バーミヤーン - アフガニスタンの都市。バーミヤーン州の州都。
  • バーミヤーン州 - アフガニスタン中央部の州。
  • バーミヤン (レストランチェーン) - すかいらーくグループの中華料理店。
  • バーミヤーン遺跡 - ユネスコ世界遺産
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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